1940年にフランス、パリで出版された、ボードレールの詩集「悪の華」
今から60年前に戦争中のパリで印刷され、アメリカの「読書クラブ」の会員のために出版された旨の前書きが
あった。またロダンの挿し絵が数十枚挿入されてあった。
オリジナルの本は、薄い青色で赤色で題字が入ったフランス装ペーパーバックである。
詩集自体は皮装丁で題字を金箔押しで修理する。
また本の保護用に外箱の依頼があったので、オリジナルの表紙のイメージを生かすように、
少し濃い青色の生地に赤で題字を入れ、ロダンの挿し絵の中で最もイメージに合いそうなカーテンに少し隠れながら
男女が抱擁している絵を転写した。
通常は、折丁(一束)は16頁であるのだが、この本の場合は、8頁で一束となっていたり(ほとんど)、または
16頁で一束となっているものもあり、紙にはMade in Franceという透かしが入っているが、戦時中の紙不足の
ゆえか不規則に綴じられていた、もちろんロダンの一枚物の挿し絵(裏は印刷のない白紙)は一枚一枚折丁の間、または
折丁の中程に綴じられていた。大変の手間の掛かった手作業による製本であったことが伺える。
保護用の箱は、夫婦箱を作成。
箱の内側には、若干クッションになるように黒の不織布を貼付する。
「字源」
著者: 簡野道明
発行兼発売所: 北辰館
発売所:竃セ治書院
初版大正11年
縮刷版発行大正3年
昭和3年3月廿五日 百十七版発行
総頁数:2800頁
ご祖父様の愛用されていた辞書ということで、修理の依頼を受けたもの。
年月には勝てず、昭和3年(1928年)出版とすると73年が経過していることになるが、今なお
ご使用になられているので、表紙もほぼ剥離し、糸の3,4箇所で切れて、全体がバラバラになり
かけている状態のものを受領して修理することになる。
最近の漢和辞典には記載されていない漢字が記載されていること、などの理由でまだ現役で使われている
辞書冥利につきる辞書と言える。
昭和初期の製本は、多分まだ機械製本が普及していない時期と思われる。辞書の解体の際に
気がついたのであるが、ある折丁に2頁の追加頁が挿入(糊付けと思われる)があったり、
また千頁程飛んで、折丁(一束18頁)が糸かがりされていたりと、古書修理をするものとして、折丁とは
何ベージ分・・・などと決めつけて、本の解体(正確には何というのかは不明:古書<日本の古書>を専門的に
修理、補修する修補師さんに聞くべきかもしれない)をすると、間違いを起こすことがある、ということを覚えた
事例でした。
字源を修理後に、本を立てて見ると、使用されている紙が非常に薄ので、本の座りが悪く、時間が経つと
表紙が左右に若干開き、余り姿がよろしくない。それで、依頼はなかったが勝手に外箱を作成して(2.5mmの段ボールで
箱を作成して、それに生地(キャンパス地、茶色)を貼付し、それに題字の「字源」を転写する。
1951年10月30日新増改訂版第2刷発行
著者:島村盛助・土居光知・田中菊雄
サイズ:150x85mm(1558P)現在の岩波英和辞典より一回り小さい
糸をほぐして、分解しているときに気がついたのであるが、不思議なことに折丁(一束)が
32頁のところもあれば、28頁+4頁(糊付け)で一束となっている箇所があり、どのように印刷し
また4頁分(紙では2枚)を貼付・挿入したのかがよく分からない。このような大量出版物の場合に
まさか手作業によって製本したとも考えられないので、機械製本の場合どのようなテクニックが
あったのか、不可思議な製本である。
20年ほど前に機械製本を見学させてもらったことがあるが、全く機械的に素早く処理されており、
それ以前にはまた別の機械製本技術といったものがあったのであろうか。
五十年余りにわたって愛用されてきた英和辞典で、かなり傷みが激しく一部頁がなくなっているところ、また
一部紙が欠損しているところ、半分以上破れているところ等々あり、現状のまま使用できるように
和紙で補強する。
題字部分もなくなっていたので、現在の岩波英和辞典と同じ題字のページを作成して、挿入する。
これに表紙を付けると完成。